宿題ってなんであるの?藤井聡太さんも聞いた質問について考えてみる

こんにちは!

学校がお休みであんまりにもゲーム三昧なので、とうとう先日から学習塾にハム太を行かせることにしました( ー`дー´)キリッ

体験には既に行っていたけれど、本入会したぞー!!塾に入った話はまた後日に。

 

さて、みなさまはお子さんに、こう言われたことはありますか?

なんで宿題ってやらないといけないの?

って。

ハム太は最近でも言うし、1年生の頃から言っていて…。

そんな時、何て返しますか?

とにかく!宿題ってのはやらなきゃイケナイんだ!!!バッキャロー(ノ`□´)ノ⌒┻━┻

と、昭和時代の恐いオヤジ風に説教する…

もアリ。

どっかの教育サイトで見かけた

宿題というのはね、先生との『お約束』なのよ〜。だからお約束は守らなくっちゃね(*^^*)ニコリ

と優しく言ってみるのも良さげ。

(我が家もコレを採用して言ってみたけど、『別に約束なんていいんだよ!

(・д・)チッ』

って感じでなびきもしない…)

タイトルにも書いた、将棋で素晴らしい功績を残している、藤井聡太さんも

(聡太くん、と書きたいけど尊敬の念を込めて、さんにする)

担任の先生に、なんで宿題をやらないといけないんですか?と質問をしたことでニュースになりましたよね。

藤井さんは、

授業をきちんと聞いているのに、なぜ宿題をしないといけないのか?

と疑問だったようで、それについて担任の先生も対応されて、話し合って下さった、と。結果的に先生としては、授業の時間だけでは理解が不十分になることもあるから、だそう。

そっかぁ。

いや、でも藤井さんは授業をきちんと聞いてます、と言ったんだよね。なんかしっくりこないなー、なんて。実際には、先生が他の言葉も駆使されて藤井さんが納得したんだろうけど。

授業で理解が不十分ならば、聞けば良くないかな?なーーーーんて。

宿題という固定的で一律なものより、自分で理解できない箇所を明らかにして質問できるほうが、よほど理解が上がるかと思うけど。

人見知りの子もいるから、先生にアタック出来る子ばかりじゃない。私だって現在は家族のためならガンガンいけるタイプになったが、子ども時代は人見知りがすごかったしなぁ。そういう子は先生と交換日記的なノートで質問するとか。

実際に、ハム太の中学校を探しているときに見学に行った学校の一つに、そういうシステムのところがあった。結局、私立だとそういうことが出来る教員の数があるけど、公立の教員だと余裕はないのかも。

ASDの子には難しい場合もあると思うけど、なるべく幼少時に

⚫理解できないことを質問できる力

⚫質問したい事柄をまとめて言葉にする力

を身につけられるように日本の教育が変わったらいいな、と思う。

自分が小学生のときは宿題がなかった。長期休みはあったけど、工作とか絵画なんかの美術的な宿題だけで国語・算数のプリントは全然なかったと記憶している。

それだけど、ちょっと教科書やドリルの答えを見ればハム太に勉強を教えられるし(今のところは)、勉強のときに書き順は間違えていることもあるけど、ほとんど漢字は忘れていないから、宿題の効果は感じていないかな。私は。

ただ、ハム太において言えば、漢字がなかなか定着しないから宿題があって良いような、でも漢字ドリルをやっても義務感MAXで面倒そうにやっているので、やっぱり覚えない(;_;)

漢字については、今更感もあるけど1年生からやり直しております…。どうやら私達親世代のように何十回も書いて覚えろ!方式が出来ない&身につかないヒトなので、本人が興味があるゲーム、車、時事ワードを使って私が自作のテストを作ってます。

自学の宿題は、メチャクチャ苦手…。多分、健常児なら嫌でも渋々やると思うけど、発達障害がある子で、決まったルーティンがある子なんかには

さぁ、自由にやってごらん(^^)/

コレが一番キツいわけで。

ハム太は安心できる場所でアイデアを出すのは得意な方なんだけど、自学とか自由度が高い授業になると、ワケが分からなくなりイライラが募りやすい。

低学年で

あのねノート

が宿題になっていたときは、毎週末、ハム家は暗黒に包まれていたし、私は般若のようだったなぁ(笑)

まだ、ハム太のASDについて理解が低かったから、2時間机の前であのねノートを前に突っ伏して白紙の状態、なんてことがザラにあって…。

なんで書けないの!!

一言くらい書けるでしょ!!

こうやって書くの!!

もう、お休みは出掛けないからね!!

こんなことばっかり言ってて…。

自己肯定感を下げまくってしまったのです。

未だに、自学の宿題はなかなかやろうとしないし、常にイライラしているけど、さすがに促すと少ない文字数ながらやるようにはなってくれた。

こんなにイヤイヤながらで意味があるのか、とは思うけど。

社会に出たら、

やりたくなくてもやらないといけないこと

が出てくるわけだから、宿題っていうのは、その練習でもあると思う。

ただ、世の中が激変している現在、

当たり前をただ受け入れるんじゃなくて、ちょっと考えてみる、物事を斜めから見てみる、なんてことは学生時代からやってみてもいいんじゃないかと思ってます。

だから、せっかく私達の元にやってきた、ちょっと変わったハム太の特性…と言うか、こだわりや考え方などを伸ばしたいんですよね〜。宿題は当たり前に、仕方なくやるんじゃなくて、『先生はこう言ってたけど、こういう風にしてもいいかも?』と考えられるヒトにしていきたいな。

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